DeNA「Kawasaki Spark」がアートで記憶をつなぐ現代アーティスト・新埜康平による体験としてのアート

川崎駅徒歩4分にDeNAが運営するアーバンスポーツ施設「Kawasaki Spark(カワサキスパーク)」、この場所のシンボルアートとして現代アーティスト・新埜康平(あらのこうへい)さんの作品が起用されている。今回は、Kawasaki Sparkにアートが起用された理由と、現代アーティスト・新埜康平さんにフォーカスします。
教習所跡地が、アーバンスポーツとアートが息づく場所に

Kawasaki Sparkは、自動車教習所跡地をそのまま活用した公園で、スケートボードやパルクールなどのアーバンスポーツを気軽に楽しめる空間として整備されている。プロバスケットボールクラブの川崎ブレイブサンダースが使用予定のアリーナを中心とした複合エンターテインメント施設の開業を目指す「川崎新!アリーナシティ・プロジェクト」の一環として、建設工事が始まるまでの期間を有効活用して一般開放されている場所だ。
施設の中心には、かつて自動車教習所の校名が掲げられていた高さ8mのタワー看板がある。そこに描かれたのは、現代アーティスト・新埜康平(あらのこうへい)さんによるアート作品だ。
スケートボーダーの動きをコマ送りのように描いた人物表現や象徴的なレタリングが、公園全体のアーバンスポーツのムードを一層引き立てている。
「8メートルの作品は4面あり、遠くからでもこの街の風景に入り込めると思います。この作品を通してKawasaki Sparkや街の生活の彩りになればと思い制作しました。」と新埜さんは語っていた。

この空間にアートを取り入れた理由をDeNAの担当者に伺った。
「アーバンスポーツを通してストリートを盛り上げていきたい。そして、今後さらに広がっていくカルチャーも応援していきたいと考えています。私たちがいくらテキストで『こういうことをやりたい』と説明しても、伝えられるのは文字情報だけになってしまう。アートであれば、そこに“受け手によって異なる解釈”が生まれる。だからこそ、メインの場所にこそアートを置く意味があると考えました。」
抜擢されたアーティスト・新埜康平

新埜康平さんといえば、渋谷駅マークシティ入り口の柱に描かれたアートでも注目を集めた若手現代アーティスト。伝統的な日本画材を用いてストリートカルチャーを融合させたスタイルが特徴的で、日常の中にアートを根づかせていくことを目指している。
DeNAの担当者に、起用理由について聞いてみた。
「和のテイストとアーバンカルチャーの掛け合わせのようなスタイルをお持ちです。今回のような広い空間で、ただ“埋める”のではなく、しっかりと印象を残せるダイナミズムを持った方として、お願いしました。」
今回のアートワークにおいても「アーバンカルチャー」を強く感じさせる作品だ。これほどの大きな絵を印刷などではなく、あえて手描きにこだわって制作されていた。その制作について新埜さんに伺った。
「4枚とも全て現場で制作しました。当初は印刷という話も出たのですが、手描きにすることで伝わるものがあると思っています。」

雨上がりに始まった新埜さんのライブペイント

今回取材させていただいたのは、Kawasaki Sparkで行われたスケートボードと自転車競技BMXの大会「Spark ONE」。大会の他にもキッチンカーの出店や、スケートボード女子オリンピック金メダリスト 吉沢恋さんのトークショーなど、来場者みんなが楽しめるイベントとなっていた。そのイベントの一環で新埜さんのライブペイントも開催された。しかし残念ながら朝から降り注いだ雨の影響によりBMXの大会は翌日に延期され、スケートボードの大会も天候の回復を待っての開催となった。
ライブペイントもまた、当初の予定を変更して、午後4時からのスタートとなった。設置されたのは、吉沢恋さんのトークショー会場前に立つ幅6mの白いパネル。新埜さんは、迷いのない手つきで筆を走らせ、真っ白だったパネルが瞬く間に爽やかな色で満たされていく。少しずつ変化していくパネルの様子はライブペイントを鑑賞している人々にとって、まさに体験としてのアートだった。

日没までの2時間、完成した1枚目の作品には、新埜さんの作品によく登場する「山」のモチーフが力強く描かれていた。
「ライブペイントでは普段の作品にも登場する山のモチーフを選びました。この作品はそれぞれの人たちの目的地を目指すシンボルとして描きはじめたモチーフです。山には様々な頂上があると思います。どんな山の頂上にも、それぞれにしか見えない景色が広がっている。今回の大会にも重なる部分があると思い描きました。」

子どもたちと生まれた、ひとつの作品
2枚目の制作に取り掛かろうとしたとき、遊びにきていた子どもたちが「何を描くの?」と声をかけてきた。「自由に描いていいんだよ」と、新埜さんが絵の具やスプレー缶を子どもたちに渡すと、ライブペイントが一気に参加型のワークショップへと変わった。子どもたちは大はしゃぎになり、夢中になってドローイングをしていた。思い思いの色や線がパネルいっぱいに広がっていく。

一人の男の子に目が留まる。彼はスプレー缶を横にしてパネルの上を滑るように絵の具を伸ばしていた。大人では思いつかないような方法で描く姿を見て、面白いと思った。そもそも絵を描こうとしているのではなく、スプレー缶を滑らす感触や、それによって溜まっていく絵の具の様子を純粋に楽しんでいるようだった。新埜さんはそうした自由な表現を大切にしながら、子どもたちにパネル全体を描いてもらった。

そして最後に、準備していたステンシルを使い、画面に構成とリズムを加えていく。

偶然と選択の重なり合いから生まれた色彩と、新埜さんの色彩をそっと加え、ひとつの共同作品が完成した。
それは誰か一人の作品ではなく、同じ時間を過ごした人たちの表現が交差して生まれた一枚。
見る人の記憶に残る、あたたかな風景となっていた。
Kawasaki Sparkとアートが交わる場所から
「このKawasaki Sparkプロジェクトは11月でいったん区切りを迎え、次はアリーナ建設に進みます。でも、その中でもまたアートを取り入れていきたいと考えています。」
残念ながら今年の11月にはKawasaki Sparkは取り壊されてしまう。このランドマークになっている新埜さんの作品もあと数ヶ月しかみられないのかもしれない。しかし、Kawasaki Sparkに遊びに来た子どもたちや大人たちにとって、新埜さんのアートは記憶に残るのだろう。

単発的な演出ではなく、場に息づく記憶、形として残る体験としてのアート。
Kawasaki Sparkでの取り組みは、アートがどのように都市と関わり、人とつながり、未来へと続いていくかを示すひとつの実践となった。
最後に、新埜さんはこう語る。
「アートは、誰かと何かをつなぐ“コミュニケーション”のような存在だと思っています。今回みたいに一緒に描いたり、ただ見るだけじゃなくて、体験として残っていく。文化として少しでも続いていったら嬉しいです。」
アートは、目に映るだけのものではない。
人が集まり、心を交わし、新たな関係を生み出していく力がある。
Kawasaki Sparkが見せてくれたのは、そんなアートの側面でもあった。
■ 作家プロフィール

新埜康平
東京都生まれ。ストリートカルチャーや映画の影響を受け、仮名の人物や情景、日々の生活に根差した等身大のイメージをモチーフに制作。余白やタギング(文字)の画面構成や、箔や墨、和紙など古くから日本で用いられている日本画の技法など様々な絵画的要素を取り入れている。
Independent Tokyo 2023 小山登美夫 賞。
第1回 Idemitsu Art Award(旧シェル美術賞)/新国立美術館/入選。
第39回 上野の森美術館大賞展 /上野の森美術館/入選。
第56回 神奈川県美術展/神奈川県民ホール/入選。
Instagram:@kohei_arano
https://www.instagram.com/kohei_arano/
企画名:「Spark ONE」
会場:Kawasaki Spark https://kawasaki-arena-city.spark.dena.com/
企画・運営:株式会社ディー・エヌ・エー https://dena.com/jp/