【創刊特集】日常がアートに染まった日 -新宿駅前で行われた 「SHINJUKU Collective」でJR東日本が見せた駅の新たな可能性
〜JR東日本 × NOMAL ART COMPANYによるアートイベントの裏側〜

喧騒と静寂が交差する新宿に、突如現れた彩り
寒さと春の兆しが交差する2025年3月。世界一の乗降客数を誇る新宿駅の東口には、長年親しまれた新宿アルタの閉館直後ということもあり、街の賑わいの中にどこか寂しさが感じられた。金曜日の朝、いつものように働く人や学生、また外国人観光客たちが足早に行き交う中、そんな空気を塗り替えるかのように、駅前に突如現れたのはキャンバスと絵の具、そして創作に挑むアーティストたちの姿だった。

この日開催されていたのは、3月14日(金)・15日(土)の2日間にわたり実施されたアートイベント「SHINJUKU Collective」。JR東日本主催、NOMAL ART COMPANY企画・運営によるものだ。新宿駅東口駅前広場と新宿サザンテラスを会場に、2日間合計20名のアーティストたちが「挑戦」「輝き」をテーマに公開制作を行った。
オフィスワーカーとアーティストの交差
興味深かったのは、週末の土日開催ではなく、平日の金曜日を含めた開催だったことだ。メインのライブペイントについては初日の朝6時から開始していた。「アーティストとオフィスワーカーを同じ時間軸の中で交差させたかったんです。」と、本イベントの立案者であるNOMAL ART COMPANY の立川さんは語る。
会場にサザンテラスが選ばれたことも、平日は多くのオフィスワーカーの通勤路となっていることからだ。朝の何気ない通勤風景の中にアーティストがアトリエにいるかのように作品を作り始め、オフィスワーカーが働いている時間、アーティストの作品が描かれていく。夕刻、仕事を終え帰路に着く頃には、朝の通勤時に見た作品が出来上がっている。
新宿という街全体で普段交わることの少ないアーティストとオフィスワーカーに、ある種の一体感を産んだ。この日の新宿の風景を、まさに駅全体を使ったインスタレーションのようにしたのだった。まさに「アートと日常の交差点」だ。 この試みは、単にアーティストとオフィスワーカーの交わりを創出しただけでなく、より大きな視点で見れば、公共空間の新たな価値創造への挑戦とも言える。
「駅をただの通過点ではなく、“訪れたくなる場所”に」——
JR東日本が進める新しいまちづくりと、アートの可能性が交差する本取り組み。その背景を探るべく、企画を担当したJR東日本のまちづくり部門の方に話を伺った。

駅を「通過点」から「目的地」へ – JR東日本の挑戦とアートの力

新宿駅周辺では、駅・駅前広場・駅ビルを一体的に再編し「交流・連携・挑戦」の生まれるまちにする「新宿グランドターミナル構想」を官民一体となり進めている。「駅を、単に電車に乗るための“通過点”ではなく、人々が訪れたくなる“目的地”にしたい」。JR東日本としてそう考え生まれたのが、「SHINJUKU Collective」である。
「誰でも自由に目にできる場所にアートがあることで、日々の生活が少しでも豊かになれば」
——そうした思いからこの取り組みは始まったという。駅前に設置されるアートといえば、従来は彫刻や銅像などの恒久的なパブリックアートが中心だった。しかし今回のように、若手アーティストが駅前でライブペイントを行うのは、JR東日本としても珍しい試みだ。会場では、多くの人が足を止め、写真を撮ったり、時にはアーティストやスタッフに声をかけたりと、駅という空間に新たなコミュニケーションを生み出していた。そして作品が“出来ていく過程”そのものが、ひとつの風景となって駅に彩りを与えていた。
言葉を超えて繋がる – アートが持つ「目には見えにくい力」への信頼

JRのご担当者が語った「アートは言語や性別、国境を超えて人と人をつなぐことができる」という言葉が、とても印象に残っている。実際、会場でも、海外からの観光客が足を止めてアーティストに話しかけたり、作品をじっと眺めたりする姿が多く見られた。その様子は、アートの力が「言葉にならない何か」を伝えているように感じられた。
私たち「アーティストレジデンス」は、アートを“崇高なもの”や“投資対象”として語るのではなく、“今という時代を記す行為”として見つめていきたい、という思いから生まれたメディアである。そうした力を信じ、企業として動いているJR東日本の姿勢には、素直に心を打たれるものがあり、今回の取り組みには強い共鳴を覚えた。

近年、企業がアートを取り入れる動きは少しずつ広がりを見せている。商業施設やホテルがブランディングや空間演出の一環としてアートを活用する例も増えているが、今回のように、駅前という公共性の高い場所で、しかも刹那的なライブペイントを取り入れる試みは、極めて珍しいともいえる。その背景には、アートの「目には見えにくい力」への信頼があるのだと感じた。そして、その“信じる力”に対して、アーティスト側はどんなかたちで応えていけるのか
——そこには、まだ多くの可能性が広がっている。
もちろん、企業側にとって「成果の見える化」は避けられない重要な課題でもある。今回のイベントでも、SNSでの反応や人の流れを丁寧に観察しながら、アートがどのように作用しているかを検証する姿勢が見られた。だからこそ、アートの「目には見えにくい力」——言葉を超えて人の心に響き、場の空気や価値観を変える力——を、私たちのようなメディアが、社会へ届けていくことにも意味があるのではないか。そして、今回のJR東日本のように企業活動の中にアートが溶け込むことで生み出される力は、日本の社会をもっと面白く、豊かにできるのではないだろうか。そう感じさせられる現場でもあった。

日常にアートが溶け込む未来へ – 新たな関係性の始まり
今回の「SHINJUKU Collective」は、アートと鉄道会社が手を取り合う、新しい関係の始まりだった。そして私たち「アーティストレジデンス」にとっても、メディア立ち上げ第一弾としての大切な取材となった。
人々が、日々異なる目的で、異なる時間に、無作為に行き交う“駅”という場所。そこにアートがそっと入り込むことで、思いがけない感情やつながりが生まれていく。そう感じさせてくれたのが、今回、別記事でご紹介する三澤さんや、ライブペイントをはじめ、屋外での公開制作に挑んだアーティストの方々だ。そしてその場を支え、実現へと導いたJR東日本やNOMAL ART COMPANYのスタッフの方々の存在もまた、アートを信じる気持ちの表れだったのだと言える。
駅を、ただ通り過ぎる場所ではなく、ふと立ち寄りたくなる場所へ。その変化にアートが関われるということは、アーティストにとっても、社会にとっても、大きな意義があると信じている。
あの場で足を止め、「アートって面白いかも」と思った誰かがいたなら。この記事を読んで「そんなことやっていたんだ」と少しでも心に留めてくれた人がいたなら。そこから、また新しい何かが始まっていくのではないだろうか。
私たち「アーティストレジデンス」も、その動きに寄り添いながら、丁寧に言葉にして届けていきたい。アートが日常に溶け込み、社会をより面白く、豊かにしていく未来を信じて。
企画名:「SHINJUKU Collective」
主催:東日本旅客鉄道株式会社(JR東日本)
https://www.jreast.co.jp/
企画・運営:NOMAL ART COMPANY
https://nomalartcompany.jp/