「光を描く」ことと「美しさを共有する」こと
──アーティスト・三澤亮介さんが新宿で挑んだライブペイント

2025年春、JR東日本とNOMAL ART COMPANYの共同企画によって、新宿駅前でライブペイントイベントが開催されました。本企画は、再開発が進み、めまぐるしい変化が生まれる新宿駅で、「文化が育つ街、挑戦者の街」としての新たな姿を描こうとはじまった屋外アートイベント「SHINJUKU collective」。その一環として東口駅前広場で展開された「Peel off ART」という新しい形のライブペイントです。オフィスワーカーとアーティストが同じ時間軸・空間の中で“挑戦”という行為を共有し、働くことの多様なあり方を浮かび上がらせる試みとして企画されました。
出社するビジネスパーソンの傍らでアーティストが準備をはじめ、オフィスで働く間に絵が描かれ、退勤時には作品が完成している──そんな一日の流れの中で、都市の働く風景に静かにアートを差し込む。普段は交わることのない「働く場所」と「アートの現場」を同じ都市空間に重ね合わせ、日常の中に自然とアートを溶け込ませたいという意図のもと、平日の開催となりました。
この企画で大きな注目を集めた現代アーティスト・三澤亮介(みさわりょうすけ)。
街を行き交う人々の目の前で作品が生まれていくその過程には、時間や光、都市の持つエネルギーが刻まれていました。初めてのライブペイントに臨んだ背景から、普段の制作との違い、アート業界への率直な思いまで──制作の舞台裏をじっくり伺いました。
三澤氏は、これまでJR駅での作品制作経験があり、上野駅や渋谷駅での展示実績を持っています。今回の新宿駅でのライブペイントは、朝4時半から現場入りし、その日中に完成させた作品を配る必要がありました。制作過程では、朝の暗い時間帯から始まり、光の変化に合わせて色彩を調整していく必要があったことが語られました。特に、建物の影響で光の条件が常に変化する環境での制作の難しさが強調されました。また、作品テーマとして三澤氏が普段からテーマとしている「光」や「普遍的な美しさ」を軸に据え、混沌とした新宿という街の中にある“逆説的な美”を描き出そうとした姿勢が印象的でした。
ライブペイントという「初めての表現」

——今回のライブペイントは初めての試みだったそうですね。普段の制作と比べて、変えた表現・変えていない表現があれば教えてください。
「最近は”光や時間”といった普遍的な事象に世界の美しさを見い出して、それを写真家としてのバッググラウンドをベースにして、絵具でのグラデーションを用いたペイントを様々な媒体や支持体に拡張して描き出す手法を行っていますが、それでもリアルタイムで制作過程を見せるライブペイントは始めての事だったので、非常に自分にとってはハードルの高い挑戦でした。」
事前に構成やラフ案は用意していたものの、現場では光の加減や観客の反応を受けて、色の選び方も柔軟に変化させていったといいます。
「朝4時半に現場入りして、5時台から描き始めたんですが、その時間はまだ季節的に日の出が遅く、本当に暗いんですよ。色の判断も難しくて、最初は明るめの色から入って。でも日が昇るにつれて『あれ?思ったより派手だな』と感じて、昼頃には調整し直したりしてました。」
「共有」することの意味

——今回の作品を通して、通行人や鑑賞者に伝えたかったことは?
「誰かに何かを伝えるというより、自分がどう世界を見ているか、普段は見落としているかもしれない世界の美しさ──その感覚を“共有”したいんです。パフォーマンスではなく、作品を通じてのシェア。あの場で、それが少しでも実現できていたら嬉しいです。」

実際に、作品の一部をその場にいた人々へ「配る」という企画にも参加。
「ライブペイントの作品をその場で分け合うって、自分も初めて聞いたし、とても面白いアイデアだと思いました。インスタでシェアしてくださった方も多くて、友人の友人から知らされたり、朝気になって夜また見に来た方もいたり。本当に嬉しかったですね。」
制作を「公開」するということ
——アトリエではなく、あえて公開の場で制作することにはどのような意義を感じましたか?
「極限状態で描くことになったので、体力的には本当に大変でした。14時に完成しなきゃいけないのに、7割しか終わってなくて……休憩もなく描き続けました。でも、そういう中で『この街を自分はどう見ているか』を改めて問われた気がします。自分の限界に近いところで感じたことって、やっぱり作品に出るんですよね。」
表現活動のテーマは「普遍的なもの」
——三澤さんが一貫して大切にしているテーマや軸はありますか?
「僕は“光”を探してるんです。物理的な意味でも、概念的な意味でも。光って、今も昔も変わらずそこにあって、誰もが見ているはずなのに、なかなか気づけない存在だと思っていて。だから、その美しさを描くことで“この世界って案外美しいんだ”って気づいてもらえたら嬉しいです。」
アート業界への率直なまなざし

——今のアート業界をどのように見ていますか?
「正直、すごくいびつだと思っています。アートって、学歴や実家の経済状況によって“できる人”が限られてしまっている。不平等さが前提になっていて、そこに気づいていない人も多い。
僕はたまたまうまくいったけれど、それが当たり前じゃないし、見て見ぬふりはしたくない。
だからこそ、自分なりにできることをやっていきたいです。」
都市の中で「光」を見つける

——ライブペイントを通して、新宿という街に対する印象に変化はありましたか?
「新宿って、朝はごみだらけで、酔っぱらって寝てる人もいたりして、最初は正直少しネガティブな印象を持っていたんです。でも、日が昇って光がキャンバスに差し込んできて……その瞬間に、すごく美しいなって思った。汚いとかネガティブな前提があったからこそ、余計にその光が強く感じられたのかもしれません。」
アーティストからのメッセージ
「作品を通じて、その日が少しでも“美しい日だった”と感じてもらえたら、それが一番嬉しいです。」
人々の行き交う都市の中で、見過ごされがちな光や一瞬の美しさをすくい取り、共有しようとする三澤さんのライブペイント。それはただ「描く」ことではなく、「ともに在ること」へのささやかな提案だったのかもしれません。限られた時間の中で立ち現れた一枚の絵は、その場にいた人々の記憶に、確かな“光”として刻まれたことでしょう。
そんな三澤さんの今後の活動にも注目です。9月には東京と三澤さんの地元である福井、2つの会場で展示を予定しています。その他、最新情報は三澤亮介Instagramをご確認ください。
■ 作家プロフィール

三澤亮介
1992年生まれ。立教大学映像身体学科卒業。
写真作家を経て2020年より現代アーティストとして活動を開始。現代における様々なメディアを使用。独自の「メディアパラドックス」という手法で制作を行い、普遍的な事象を観測する事で、この世界の美しさを表象させる。
【個展情報】
個展タイトル:三澤亮介 個展「Ryu-sen」
期間:9/19(金) オープニングイベント、9/20(土) – 9/28(日) 展覧会
会場:CONTRAST
〒151-0063
東京都渋谷区富ケ谷1丁目49-4-1F & B1F
TEL:03-6427-5227
ギャラリーHP:https://contrast-tokyo.com/
【芸術祭情報】
会期:2025年9月26日(金)~28日(日)、10月4日(土)、5日(日) 10:00-18:00
会場:福井県坂井市三国町(えちぜん鉄道 三国駅周辺)
受付:三国駅前 喫茶エル1F(福井県坂井市三国町北本町2丁目2-2)
主催:湊ノ芸術祭実行委員会
共催:合同会社LIGHT HOUSE 一般社団法人アーバンデザインセンター坂井
■ 企画をした「NOMAL ART COMPANY」からのメッセージ
本企画を通じて、駅前という日常の風景に一瞬の「アートと日常の交差点」が生まれました。
ライブペイントから作品を持ち帰るという行為が、都市と人とをつなぐ体験となったことに、大きな意義を感じています。
通り過ぎるだけだった場所に立ち止まり、誰かの手によって風景が変わっていく——
そんな連鎖を、今後も生み出していきたいと考えています。
◼️株式会社NOMAL および NOMAL ART COMPANYについて
NOMAL ART COMPANY(代表:平山美聡)は、「日常とアートの交差点」を創り出し、新しい価値観と出会える日本を目指しています。オフィスや駅などの公共空間、商業施設など制作フィールドが多岐にわたる中、オフィス内での壁画制作やワークショップの導入社数は100社を超え、アートがビジネスにもたらす効果を独自に追求し続けています。「ビジネスパーソンとアーティストが友達になる世界線」を創ることで創造性や本質的なアート思考が生まれると信じています。 なお、NOMAL ART COMPANY は、株式会社 NOMAL(代表取締役:松本祥太郎)が展開する事業の一部です。株式会社NOMALは「好きに、進め」というミッションのもと、多角的な事業展開を行い、好きに進む人が増えていく社会の実現を目指しています。
企画名:「SHINJUKU Collective」
主催:東日本旅客鉄道株式会社(JR東日本)
https://www.jreast.co.jp/
企画・運営:NOMAL ART COMPANY
https://nomalartcompany.jp/